やってはいけない10の再臨

今そこにある再臨

皆様こんばんは!

今日テレビ東京系で放送になりました
『ベイブレード バースト ゴット』
12話「死神再臨!」にて…
ダイナくんが久しぶりに登場でしたーー!!!

なんと彼はフランスのチームパリブレーダーズのキャプテンになっていたのです!
聞いたときは私も驚きました!
あのダイナが、パリ?!
しかもキャプテン?!?!
でもでもそこに至るまでの彼の葛藤や努力の日々を想うと、
なんだか保護者のような気持ちで、「よかったねぇ」「頑張ってるんだねぇ」なんて嬉しくも誇らしくなってしまいます。

キラーデスサイザーと、新たな仲間とともに、
ダイナがどんな成長をしているのか…
お楽しみに!!!

これから放送の地域の方はぜひ12話チェックしてください!
もし見逃してしまった!という方は、
再放送のあるチャンネルや、
最新話の見逃し放送がありますので公式サイトをチェックしてみてくださいね☆

『ベイブレード バースト ゴッド』

お写真は太宰府天満宮のスタバの天井!
表参道店は伝統的な木組み構造でできてるんですって!
凄くおしゃれで居心地が良かったです!

悩んでないで再臨の激安をチェック

こんにちは。

今回は、前回記事「」の続きです。前回は、ダニエル書9章についておもに取り上げ、8章にあった2300の夕と朝の幻については少し触れた程度でした。よって、この点について、知りたいと思われる方がいるでしょうから、説明します。また、神の審判についてもお話します。

前回記事で説明したとおり、70週預言は歴史と照らして正確に実現しました。

ちなみに、2300の夕と朝の幻も70週預言と同じ起算点です。34年にステファノが殉教して、ユダヤ人の最後の恩恵期間が終了し、異邦人伝道が始まって、70年にエルサレムが陥落した以降の話となります。

起算点は、紀元前457年であり、そこから2300年経つと、1844年になります。ここで、2300年ではなく、2300日と解釈するととんでもない結論になりますので、注意が必要です。1日を1年と計算することは前回記事で説明済です。2300の夕と朝の聖書箇所を改めて確認します。

旧約聖書 ダニエル書 8章14節

雄羊と雄山羊の幻

彼は続けた。「日が暮れ、夜の明けること二千三百回に及んで、聖所はあるべき状態に戻る。」

この聖句にあるとおり、2300年後に聖所があるべき状態に戻るということです。これを無視して、2300年だけに着目して、この預言がキリスト再臨のことだと訳の分からないことを言う人が時々いますが、何も分かっていない証拠です。キリスト再臨が、聖所と何の関係があるのでしょうか。彼らはこれについて何ら説明しません。なぜならば、説明できないからです。

したがって、このような解釈は誤りなのです。

では、何が正しい解釈なのでしょうか。それは、1844年と聖所があるべき状態に戻るというのがどういう関係なのかを説明しなければなりません。

まず、1844年についてです。

この年号自体は、さほど重要な意味を持ちません。ただ、1844年が、聖書で言う「終わりの時代」になった起算点を意味します。

私が、過去に、時間がない、終末と言ってきたのは、今が、1844年から始まった終わりの時代の部分の終わりに近づいているからです。現時点(2017年)で既に173年が経過しているのです。173年も終わりの時代があるなら、まだまだこの先何百年も続くのではないかと思われるかもしれませんが、それは無いでしょう。それを説明するために、聖書に関係する部分においてのみ、私は世の動向についても述べてきたのです。過去記事「」で日本が終わりに近づいているという話をしました。日本の終焉は、日本に住む日本人にとっては終わりに思えるかもしれませんが、聖書が言う世の終わりを示しません。単に、日本という一国が終わるに過ぎず、世界中が終わることにはならないからです。経済的にも、日本が無くなることで資本主義世界にかなりの打撃を与えることになり、ますます社会主義を理想とする新世界秩序(New World Order)の実現に近づきます。日本が終わるのは、先進国の中で最もキリスト教徒が少なく(人口の1%にも満たない)、また、クリスチャンのほとんどがにわかクリスチャンであり、それらを除いた真のクリスチャンの数は極めて少数というのが理由の一つだと私は感じています。このことから何が言いたいのかは、知恵ある者は悟ってください。

世の終わりを悟るには、聖書と世界の動向に目を向けなければ分かりません。くだらない世俗的な事や何の役にも立たない陰謀論に時間を割いているようでは末路がどうなるかお分かりでしょう。どう行動すべきかは複数の過去記事で再三申してきました。

また、複数の過去記事で何度も言ってきた反キリストの理解は、1844年から始まった終わりの時代において、現在がいかに本当の終末に近づいているかを知るのに、最も理解の助けになるものです。反キリストについては、多くの過去記事で言及してきました。代表記事は、「」、「」、「」です。お忘れの方は復習してください。

で指摘したように、ダニエル書の70週預言を誤って理解すると、未来に突如出現して3年半だけ活動する独裁者が反キリストという妄想を抱くことになります。この妄想が頭から離れないと、ヨハネの黙示録預言もとんでもない解釈をすることになります。聖書の真理を知らないにわかクリスチャンたちは、このイエズス会が発端の欺瞞神学を偽教師等を通して騙されています。

1844年をキリスト再臨と解釈した当時のクリスチャンや神学者たちが再臨運動を激しく展開した歴史についての詳細な言及はしません。彼らは、聖書を誤解釈して勝手に間違えただけのことだからです。過去記事で申したとおり、現代のにわかクリスチャンが携挙が近いと騒いで徒労に終わることと同様のことです。

次に、聖所を元の状態に戻すということについてです。

これは、端的に言えば、天の偉大な大祭司であられる主イエス(ヘブライ4:14、8:1~5)が、天の聖所から罪の記録を取り去り始められることです(使徒言行録3:19、黙示録20:12)。天にある書物に、わたしたちの行いが書かれています。真に悔い改めたのであれば、そこから罪の記録が消し去られます。反対に、悔い改めない人の罪は残ったままです。罪の記録を消す、消さないの判断を審判といいます。つまり、神による審判です。私たちが真に悔い改め、生まれ変わってキリストに近い品性を持っているかの審判が行われます。これは、複数の過去記事で既に申したとおり、審判はキリストの再臨前に行われます。

主イエスの十字架によって、地上の聖所制度や動物の犠牲は廃止されました。しかし、この出来事をもって、世の人間たちの罪が消えたのではなく、依然として天の書物に罪の記録として残ったままです。罪の贖いの仕方が変わっただけのことです。

ユダヤ人たちは、旧約聖書の規定に則り、毎年、聖書の暦(ユダヤ暦)第七の月であるTishri(ティシュリ)の10日目に当たる大贖罪日を通して罪の贖いをしていますが、上述
のとおり、主イエス・キリストの十字架によって、もはや廃止されているので不要です(ヘブライ7:26~28)。このことは、新約聖書ヘブライ人への手紙9~10章にも詳しく書かれています。

キリストの再臨は、世の終わりであるということも述べてきました。地上の歴史が終わる前に、天の御国に入るべき人に、罪の記録があってはなりません。要するに、罪の記録を消し去って、天の聖所を清めなければならないということです。にわかクリスチャンのように、主イエスを信じていると口先だけの信仰をして、聖書の真理に従って生活していない者は悪人と同じように裁かれます。

さて、みなさんが関心があるのは、この審判の時期はいつなのかでしょう。キリストの再臨前だというのは既に述べました。聖書をきちんと読めば、もう少し具体的に分かります。

旧約聖書 ダニエル書 7章8節

四頭の獣の幻

その角を眺めていると、もう一本の小さな角が生えてきて、先の角のうち三本はそのために引き抜かれてしまった。この小さな角には人間のように目があり、また、口もあって尊大なことを語っていた。

上記聖句のとおり、「小さな角」という存在があります。続いて、同章10~11節も確認します。

旧約聖書 ダニエル書 7章10~11節

四頭の獣の幻

幾千人が御前に仕え

幾万人が御前に立った。

裁き主は席に着き

巻物が繰り広げられた。

さて、この間にもこの角は尊大なことを語り続けていたが、ついにその獣は殺され、死体は破壊されて燃え盛る火に投げ込まれた。

ダニエル書7:8と11に登場する「小さな角」、「獣」という存在がローマ教皇を指します。黙示録でも獣と表現されていることは既にで述べました。

つまり、11節にあるとおり、「この間にもこの角は尊大なことを語り続け」とあることから、ローマ教皇が世に存在している間に、10節にあるとおり「巻物」、即ち、天の書物を基に、天において父なる神によって審判が行われるということになります。現在進行で審判が行われているのです。

聖書の真理を理解し、正しい信仰を持っている真のクリスチャンたちが、ヨハネの黙示録12:17に書かれている「その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たち」です。しかし、にわかクリスチャンたちは、これから起きる艱難で背教、または脱落していきます。

知っている人が非常に少ないかと思いますが、以下の御言葉も忘れないでください。

旧約聖書 アモス書 3章7節

神が語られる

まことに、主なる神はその定められたことを僕なる預言者に示さずには何事もなされない。

ノアの洪水では、ノアが神からの御言葉を人々に伝えましたが、多くの人々は聞き入れずに滅亡しました。

旧約時代は、新約聖書は存在しないし、今のように聖書として完全に整った状態になかったので、主なる神は数々の預言者たちを通じて、人々に御言葉を知らせていましたが、預言者たちの言うことを信じず、疎ましく思った当時の権力者たちは預言者たちを殺し、彼らは滅んでいきました。

主イエスが最初に地上に来られた時も、洗礼者ヨハネが「悔い改めよ。天の国は近づいた。」とユダヤの荒れ野で宣べ伝えていました(マタイ3:1,2)。しかし、洗礼者ヨハネが領主ヘロデの悪事を責めたことから、牢に閉じ込められ、斬首されました(マタイ14:1~12)。

そして、主イエスの弟子であるヨハネが書いたヨハネの黙示録で、新しい天と新しい地の世界まで示されており、その最後の最後まで既に預言済なので、これ以上新しい啓示は不要なのです。後は、与えられたものをいかに正しく解釈、理解するかです。それが正しくできた時、正しい信仰と聖書に照らして世の動向や真相が分かるようになり、世に騙されなくなります。

ですから、偽預言者RAPTが、神から啓示を受けたと言っているのは、妄想に過ぎません。また、RAPTの主張が聖書の真理に反していると以前から「」をはじめとする複数の過去記事で私が説明してきたとおりです。過去記事「」で述べたように、RAPTは私が宣べ伝える聖書の真理を取り入れて真似るようになってきていますがまったく同じではない上、行いは、カルト新興宗教、RAPT教の教祖として活動しています。

預言者を自称する者たち、預言者のように振る舞う者たちはすべて偽預言者であり、彼らはヨハネの黙示録20:10のとおり、「火と硫黄の池に投げ込まれ、昼も夜も世々限りなく責めさいなまれ」ることでしょう。この結末を知ってか、知らずか、彼らは偽預言者としての悪い行いをやめようとはしません。それ程、強く悪霊に支配されて、滅びに向かっているということでしょう。

また、聖書にあるとおり、偽教師やその他の偽善者たちも、人一倍厳しい裁きを受けます(マルコ12:38~40、ルカ20:45~47)。

これらが現実に継続しているということは、神が許容され、神の御心だということです。もし、彼らが救われるならば、そのような行為は最初からしないか、とっくにやめているはずだからです。

終末の兆候の一つに、「偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。」(マタイ24:11)と主イエスが預言されたとおりで、RAPT等は、これに当てはまる人物なのです。

終わりの時代の終わりに近づいた現在、ヨハネの黙示録、また、それと相関関係にある旧約聖書にある数々の預言者の書が、私たちに向けられた神からのメッセージです。

新約聖書 ヨハネの黙示録 14章7節

三人の天使の言葉

大声で言った。「神を畏れ、その栄光をたたえなさい。神の裁きの時が来たからである。天と地、海と水の源を創造された方を礼拝しなさい。」

この「神の裁きの時」というのが、上述したように1844年から開始された天で行われている審判です。今こそ、神を畏れ、神に栄光を帰す真のクリスチャンになれる最後の機会です。私は数か月前から聖書の福音と預言について宣べ伝えてきました。もう本当に終わりに近いのです。個人で救いの恩恵期間も異なり、既に終わっている人も大勢います。で申したように、後回しにする余裕などないのです。後回しにするということは、天の御国に入るよりも、サタンに従って獣の刻印を受けて短いこの世での生活を選択するということに他なりません。

新約聖書 ヨハネの黙示録 14章14~15節

鎌が投げ入れられる

また、わたしが見ていると、見よ、白い雲が現れて、人の子のような方がその雲の上に座っており、頭には金の冠をかぶり、手には鋭い鎌を持っておられた。すると、別の天使が神殿から出て来て、雲の上に座っておられる方に向かって大声で叫んだ。「鎌を入れて、刈り取ってください。刈り入れの時が来ました。地上の穀物は実っています。」

この「人の子」は主イエスです。この場面は、マタイによる福音書13章24~30節の毒麦のたとえ、36~43節にある毒麦のたとえの説明と同じです。長いので全部引用はしません。各自で聖書を確認してください。

刈り入れが世の終わりのこと、刈り入れる者は天使たち(マタイ13:38)と明確に書かれています。

審判が終わって、世の終わりになった時、麦と毒麦を選別し、毒麦は獣の刻印を受ける者たち(世に属する人間)で、燃え盛る炉に投げ込まれます(マタイ13:42)。反対に、麦、即ち、神を愛し、神の掟を守った真のクリスチャンたち(神に属する人間)は、天の御国である倉に入れられます。

繰り返し言いますが、今、審判は天において行われているのです。まだ先ですが、すべての麦が十分に育った時、即ち、真のクリスチャンが予定定員に達した時、刈り入れ時である世に終わりが来て、刈り取られます。

また、毒麦のたとえから、この世の悪人たち全員がすぐに裁かれないのが分かります。麦の成長のために、毒麦も必要悪ということです。実際の農業では、成長を妨げる雑草等の不要物はすぐに取り除く必要がありますが、人間には同じ理屈は通りません。反面教師から学ぶことがあるように、悪い人間は今の地上の善人の成長にも必要なのです。

私は、聖書の真理から、以下のように思います。

創造主の神が、サタンや悪霊をこの世にもたらしたのは、試練や苦難を通して、神に仕えるに相応しい神の民(善い人間)を創り出すためです。天地創造の時に、神が人間を最初から完璧に創造されなかったのは、人間の自由意志に基づく成長を期待されたからだと思います。なぜなら、もし人間が神と同じく完璧であるのなら、神御自身の分身を作ったに過ぎず、何も面白くないからです。分身を造るのでは、まるで、マトリックスのエージェントスミスを大量生産したようになります。これでは何も面白くありません。同じような外見や性格を持った人間の数を増やしても虚無です。だから、ダニエル書の70週預言どおり、イスラエル(ユダヤ人)を選民とすることをやめられ、神の御子である主イエス・キリストが、罪の贖い方を変え、多種多様な異邦人をも天の御国に招かれることをなさったのだと思っています。

しかし、それでも、全知全能の神の御計画を不完全な人間が完全に理解することはできません。過去記事「」でヨブ記を取り上げたとおり、ヨブ記38章以降からの主なる神の御言葉が人間には厳しく聞こえますが真実です。ヨブ記42章でヨブが神に謝罪し、悔い改めました。

神は完全に正しく、全能であり、仰った御言葉、預言はことごとく実現するのです。ですから、私たちは、自分を捨てて、真に悔い改めて、日々自分の十字架を背負って主イエス・キリストに従い、サタンから告訴される罪を隠し持っていてはならないのです。

上述のとおり、神の審判は、現在進行中です。今すぐあなたが目を覚まし、準備を整えられることを切に願っています。

私は一人でも多くの人が救われることを願っています。

以上

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